鑿(ノミ)の研ぎ方【砥石の使い方】プロの大工が解説
大工は鉋を筆頭に様々な種類の刃物を研ぐ職業です。
木材という硬い材料を素早く加工する大工にとって、刃物を研ぐ事は重要なスキルになります。
今回は鑿を研ぐ上での、砥石の使い方や基本の姿勢や持ち方はもちろん、初心者の方でも研げるように小技もまとめてみました。
The English version of the article [Japanese Chisels and Whetstones | A Sharpening Course by a Master Craftsman] is available here.
目次
研ぎの原理(日本刃物と砥石の関係)
・鋼と地金
・研垢について
鑿研ぎで用意するもの
・砥石
・ブロック
・水(バケツ)
・油(錆止め)
・砥石台
鑿研ぎの基本
・姿勢
・持ち方
・研ぐ形について
鑿研ぎの流れ
・準備(面直しなど)
・粗砥ぎ
・仕上げ研ぎ
・錆止め
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記事の作成者
深田健太朗 京都府出身 1985年生
一級大工技能士や二級建築士、宅建士など住宅に関連する国家資格を5つ持つ大工です。
人生で最も高価な買い物である住宅に関わることに魅力を感じて大工職を志しました。
大工職人減少は日本在住の全ての方に関わる重大な問題だと考え大工育成のための教科書作りや無料講習を行っています。
説明用動画
・解説用動画
このページの説明用動画です。
文字で伝えにくい部分は、映像で詳しく説明しています。
・実際に研いでいる動画
鑿研ぎは実際に見てみないとわからない部分もあるかと思うので、実際に研いでいる動画も作りました。
研ぎの原理(日本刃物と砥石の関係)
まず、刃物を砥石で研ぐには、どういう原理で研いでいるのかを理解する必要があります。
世界でも切れ味を認められる日本刃物と、繊細な研ぎ上げを行う日本の砥石の関係を解説します。
・鋼と地金
日本刃物は鋼と地金を組み合わせて作られています。
鋼(硬い鉄)の特徴
鋼は非常に硬く、研ぎあげることで鋭利な刃物になります。
鋼は硬さや粘りを調整できる特徴があり、鍛冶屋さんによって調整されています。
硬く調整された鋼に力を掛けると曲がることなく砕けます。
全て鋼で作られている刃物は減りにくく、研ぎ上げるために時間がかかり、繊細な研ぎ上げには向いていません。
地金(不純物の混ざった柔らかい鉄)の特徴
地金は鋼と比べ、錆びやすく、力が掛かると曲がります。
減らしやすいため、形を作りやすいと言うメリットがあり、研垢もたくさん出ます。
※鍛錬(叩いて鍛える)ことによって硬くなってしまいます。
鋼と地金の価値
昔は鋼は貴重でした。
地金を使用した合わせ刃は、もともとは刃物を安く造ることが目的だったようです。
現在では、鋼よりも、地金(不純物たっぷりの柔らかい鉄)の方が希少です。
いかに柔らかい地金を使用しているかが、良い刃物の基準になります。
・研垢について
研垢の役割
砥石で刃物をこすり合わせると、砥石の屑と金属の屑が出ます。
その屑が濡れた状態になった泥が研垢とよばれ、研磨剤の役割を果たして刃物が削れます。
日本刃物は、地金を研いで出した研垢で、鋼を研ぎ上げます。
※地金を研ぐと、鋼と比べて多くの研垢が出ます。
砥石の硬さと研垢
刃物研ぎは、刃物と砥石を一緒に減る状態になります
仕上げ砥石と中仕上げ砥石では粒子の細かさはもちろんですが、硬さも違います。
仕上げ砥石は硬いので、刃物・砥石、共に減りにくい特徴があります。
逆に荒い砥石になるほど、減りやすいということになります。
鑿研ぎで用意するもの
・砥石
砥石は、中仕上げ砥石(約1000番)と仕上げ砥石(約5000番~100000番)の2つは必要です。
中仕上げ砥石
鑿研ぎに適した中仕上げ砥石(1000番)です。
値段も手頃で使いやすいためプロの大工の中でもよく選ばれているタイプです。
このタイプは厚み34㎜(比較的薄いタイプ)タイプです。
大工刃物は中仕上げ砥石から研ぎ始めることが多いので最も使用頻度の砥石なので、頻繁に刃物研ぎを行う場合には厚みの厚いタイプをお勧めします。
仕上げ砥石
こちらはキング社の仕上げ砥石です。
仕上げ砥石は様々なメーカーのものがありますが、鑿研ぎや包丁研ぎにおススメの砥石です。
厚みは薄いようにも思えますが、中仕上げ砥石などと比べて消耗が少ないので長期間使用できます。
このタイプは特に水をよく染み込ませてから使用してください。
・ブロック
塀などに使用する建築用コンクリートブロックが1つ必要です。
ホームセンターで200円ほどで購入できます。できればあまり古くない方がいいです。
・水(バケツ)
刃物研ぎには水が必要です。
鑿研ぎや包丁研ぎであればバケツなどで水を貯められれば大丈夫です。
※鉋研ぎでは、汚れた水は使えません 。
・油(錆止め)
研ぎ終えた時に錆止めをするための油(シリコンスプレーなど)が必要です。
錆びなければなんでも大丈夫です。
スプレータイプのシリコン油です。
シリコンスプレーの主な目的は滑走材ですが、作成者は一般的な油よりサラッとしていて扱いやすいのでこちらを使用しています。
・砥石台
砥石はブロックの上で研ぎます。
ブロックの上に砥石を直接置くと滑って研げませんので、滑り止めのために砥石台を用意します。
砥石台は、手作りでも市販のものでも大丈夫です。
市販の砥石台です。
プロの大工さんの中では手作りの台を使用している方の方が多いと思います。
※砥石台が無い場合には、水を掛けた雑巾の上に砥石を置くと代用(固定)できます。
鑿研ぎの基本
鑿研ぎは、繊細な調整を行いながら、力を入れて金属を削り落としていきます。
鑿研ぎも、姿勢が悪いと上手くできません。
古くから受け継がれている姿勢や持ち方の基本をご紹介します。
※右手が利き手としてご説明します(左手が利き手の方は逆にして読んでください)
・姿勢
まず、ブロックを安定した場所に据え置きます。
(動いたり、ガタつくと研げません)
置いたブロックから2cm程の場所につま先を置いて、左膝を立ててしゃがみます。
(右膝とお尻は、地面に着けてはいけません)
砥石はなるべく手前に寄せて、砥石の真上に目が来る位置で研ぎます。
ストローク中は、おヘソの上に力を入れて体幹を使い、体が前後しないように固定します。
息を止めて研ぐと、自然に体幹を使えますので、やってみてください。
・持ち方
表を研ぐ
右手で柄の端を包み込むように持ち、砥石に対して少し斜めに当てます。
左手の人差し指と中指で刃先を抑えます。
刃先を直角に研ぐための左右調整を行うときは、右手で鑿の柄を捻るように力を掛けて調整します。
ストローク中は、両手で持った鑿の刃先に集中して、押す時に力を入れて研ぎます。
裏を研ぐ
裏は定規として使用する部分なので丸くなってはいけません。
完全な平面を保ちつつ、刃先が減るように研ぎます。
右手の人差し指と親指で鑿の首をつまみ、薬指と小指で柄の端を救い上げるようにひねり上げながら、刃の根元が減らないように少し持ち上げる力を掛けます。
(実際に持ち上げてはいけません。)
左手は表と同様に人差し指と中指で刃先を抑えます。
※裏は減らしたくないので、ほとんど仕上げ砥石でしか研ぎません。
・研ぐ形について
表の研ぎ面(しのぎ)はまっすぐ(平面)に研げた方が格好いいです。
しかし、あくまでも鑿は木材を加工する道具ですので、形や切れ味が優先です。
まずは丸くなっても良いので、研ぎ上げて鑿を使うこと(木材加工)を練習してください。
形や切れ味が思い通りに研げるようになったら、徐々にしのぎも練習していったらいいと思います。
鑿研ぎの流れ
・準備(面直しなど)
鑿や鉋を研ぐ場合には、砥石は平面に直して(面直し)研ぎます。
面直しのやり方
砥石の面直しは、砥石とブロックの平面を擦り合わせて行います。
直接擦り合わせてもなかなか減りませんので、砂を使うことで減りやすくなり、早く直すことができます。
砂は、濡れた砥石で砂に触れると少しくっつきます。
ブロックの上を、砂のついた砥石で軽く擦ると大きい粒が無くなり、面直しに適した小さい粒の砂だけになります。
仕上げ砥石は、表面がざらついていると研ぎにくいので、面直し後に中仕上げ砥石と擦り合わせて、砥石表面を滑らかに仕上げます。
※僕は、荒砥石を砂代わりに使用しています。
荒い金剛砥石をブロックに擦り付けたときに出る泥は、細く硬い粒子なので、綺麗に早く治すことが出来るので、試してみてください。
・砥石に水を吸わせる
砥石を水バケツにしばらく漬けて、水を十分に吸わせます。
※砥石の保管時に、水に漬けっぱなしで保管する人もいますが、砥石によっては変質するものもあるので注意が必要です。
・粗砥ぎ(中仕上げ)
粗砥とは
粗砥ぎの目的は、仕上げの形を作ることです。
中仕上げ砥石(約1000番)で行います。
※荒砥ぎは裏が摩耗していたとしても、表だけを研ぎ減らして行います。
研垢の出し方
面直し直後の砥石で研ぐ場合は、まず研垢が出るように研いでいきます。
小幅の鑿を研ぐ場合、砥石の全体を使うとなかなか研垢が出てきません。
刃物研ぎは、砥石を全体的に使って研ぐのが理想ですが、研垢が出ない場合は少し範囲を小さくしてもいいと思います。
研げているかの確認
刃先全体に刃返り(刃の裏を根元から先に向かって指で撫でると引っかかる研ぎ返り)が出ているかを確認して行います。
研ぐストロークの幅
砥石全体にストロークできるのが理想ですが、最初からできる人はいません。
研垢を出すためにも、研ぎ上げるためにも、最初は短くていいと思います。(刃幅の3倍が目安)
切れるように研ぐことが出来るようになったら練習していってください。
グラインダーは注意が必要
刃が焼けて、刃物がダメになる可能性があるので、グラインダーで研ぐのは、おススメできません
・グラインダー
グラインダーを使用すると摩擦熱が発生して鋼が変質(硬い鉄が柔らかくなる)して刃物が使い物にならなくなる場合があります。
グラインダーが必要な程の大きな欠けが起きた場合、金物屋さんなどで研ぎの専門業者に依頼することもできます。
刃こぼれをした時には荒砥石で力を入れて研いでください。
・刃物研ぎ機
丸型の砥石を回転させて水を刃物研ぎを行う道具もあります。
この道具も上級者向けです。
砥石は水を使用する一般的な砥石なのでグラインダーのような鋼の変質は置きませんが、値段も高く使用するのが難しいのであまりお勧めしません。
手で研いでも、多少の刃こぼれならすぐに落とせます。
・おススメの粗砥石
刃こぼれした刃物を研ぎ減らすのにおススメの方法は荒砥石を使用する方法です。
この砥石は作成者も使用しているタイプです。
鑿であれば5分ほどで1㎜以上研ぎ減らすことができます。
うまく使用すれば刃物形状を精度高く調整することもできます。
・仕上げ研ぎ
研垢を出して表を研ぐ
仕上げ研ぎも基本的に荒砥ぎと同じで、まずは研垢を出します。
幅の小さな鑿を研ぐ場合、研ぎ面が少ないために研垢もなかなか出てきません。
少し邪道ですが、洗った中仕上げ砥石で仕上げ砥石の表面を軽く擦ると砥石表面の余分な水が無くなり砥石の粒子が出てくるので、研垢が出しやすくなります。
仕上げ研ぎは、真黒な研垢(鉄屑が混ざると研垢は黒くなります)を出して練るように研ぎます。
研垢が乾いてきたら、鑿先でバケツの水を少量救い、砥石に乗せて研ぎます。
水が多すぎても少なすぎても研げませんので、少しずつ水分を調整して泥状態を保ちます。
※仕上げ砥石に中仕上げ砥石の粒子を混ぜると良くないのですが、研垢を出して研げば切れるようになります。
心配な方は、名倉砥という研垢を出す専用の砥石もあります。
裏を研ぐ
仕上げ砥石では裏も研ぎます。
裏を研ぐ時は直角にして、鑿の首元が減らないように研ぎます。
研ぎあげ方
仕上げ砥石で研ぐと、刃返りが薄くなります。
ひっくり返して裏を研ぐと、刃返りは表に返ります。
表30回→裏20回→表10回と交互に研ぎながら、研ぐ数を減らしていきます。
5回ほどになったときに、刃返りが無くなっていたら、刃物は研ぎあがっています。
切れ味の基準
切れ味の目安は、腕などの毛を剃ってみるとよくわかります。
新しいカッターナイフの刃で腕の毛を剃ると、何本かの毛が剃れると思います。
カッターナイフと同等に剃れれば、鑿は十分使えます。
鑿は、カッターナイフと比べ、丈夫な刃になるように鈍角(38度前後)に研ぎます。
もし、切れ味に悩んだ場合には、少し刃を鋭角に調整すると、切れ味も出しやすいので試してみてください。
・錆止め
研ぎあがった刃の先は非常に錆びやすく、せっかく研ぎ上げても切れ味が落ちてしまいます。
研ぎ上がったらすぐに(30秒以内)錆び止めを行います。
最後に
鑿は、大工を始めた方にとっても特別な道具の一つではないでしょうか?
鑿などの大工刃物の扱いについては、大工さんそれぞれにこだわりがあり、教え方も違います。
鑿の扱いも、最終的には体で覚えるしかありません。
体で覚える作業は、論理的に言葉にすることが非常に難しいのです。
どれが正解かわからなくても、いろいろな意見を取り入れて練習してみてください。
自分なりの扱い方を見つけたらそれが正解です。